• 2014年9月17日

    2014年度 特別賞受賞作品

    特別賞 『里山ガールのおしゃれ心』

    天岡敏子 (京都府)

    天岡敏子さま

     

     京都市東北部の郊外に位置する大原の里。平家物語にも登場する寂光院のすぐ隣の小さな檀家寺で生まれ、高度成長期とともに人生を歩んできた。里を離れて二十年余り、すでに両親は草葉の陰。賀茂川と高野川の合流する出町界隈にある現在の住まいと故郷を隔てる比叡山。その向こう側へ帰省するのは、年二回の彼岸の墓参のみとなった。

     私たち三姉妹はそれぞれに人生を歩み、寺の後継者にはならなかった。戒律に従い、父が彼岸に旅立って半年余りして寺を去った。

     母は大原で生まれ育ち、結婚し私たちを育て上げた。父が亡くなってから十年余りして、大原の地で生涯を終えた母は、戦前京都市中での女中奉公の五年間を除いては大原の地に根差した働き者の女性としての生涯を貫いた。

     母の遺品整理の折、地味な色合いの和服の中に小さく畳まれた三幅前掛けの鮮やかな色が眼に飛び込んできた。絣の作業着以外はわずかな着物と数本の名古屋帯が残されていた。

     大原の女性たちの正装は、無地の着物の上に三幅前掛を着用する。帯とエプロン兼用のような前掛は、カラフルな紅色の帯の部分が黒い木綿の着物に映えていた。私の小学校低学年(昭和三十年代半ば)あたりまでは、法事や学校参観ではこの民族衣装のような三幅前掛け姿だったと記憶している。

     その後、私は西陣地区の小さな出版社に就職した。その界隈ではじめて有名な西陣織を間近に見る機会を得た。風雅で精緻な技を尽くした西陣帯を飾るショーウインドウを覗いて、あまりの豪華さに驚いたものだった。

     私の出身が大原の里だということで、「大原女って里ガールだったの?」と若い女性たちに訊ねられる。そんな時、私はこう答えるようにしている。「昔も今も、都会でも田舎でも女性たちはおしゃれを楽しんでいたものよ。その昔、西陣織は“みやこ”のシティガールが愛し、頭に柴を乗せ京の町を行商していた大原の里ガールは、その労働着にもおしゃれ心を精一杯演出していたの」と。

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