• 2014年9月17日

    2014年度 特選受賞作品

      選   『夢の帯』

     南雲李歩 (東京都   六十七歳)

     南雲さま2

     

     私は、幼い頃から母の和服姿が大好きだった。とりわけ、和服に真っ白な割烹着を着た母が凄く好き。仕事柄、毎日紺地かグレーのスーツをカチッと着て学校に行く母が、日曜と祝日等、休日は決まって和服に割烹着姿だった。幼い私の目にも、毎日のスーツ姿のキリリとした母と、週一日だけの和服姿の母との雰囲気の違いと和服姿の美しさは十分理解できた。母が和服を装う日曜日が待ち遠しかった。嬉しかった。

     そんな我が家では、毎年のお正月の晴れ着も夏のお盆のゆかたも、七五三の晴れ着までも、母と私とで反物を選び、母が自ら縫ってくれた。問題は「帯」。和裁洋裁の名人の母でも帯には手が出ない。七五三の帯を求めるに当たり、私は「舞妓さんの帯がほしい」と懇願。ひたすらお願いした。当時の子供用雑誌で見た舞妓さんの美しく豪華な「だらりの帯」に、強く憧れていたのだ。

     奇跡が起きた。五歳の夏、懇意にしていた呉服屋さんが我が家に帯を届けにやって来た。喜びと期待でドキドキしながら、私は正座で包みが開くのを待った。目を見張る中、包みから今まで見たことがない綺麗な帯が顔を出した。錦糸や銀糸が施されたあまりの美しさに目を奪われた私は、五歳の身体いっぱいに大きな衝撃を受けた。

     この帯こそ、呉服屋さんが伝を頼り、京都の呉服屋さんにお願いして、舞妓さんが使わなくなった帯を子供用の帯に仕立て直した帯であるというものだった。幼い私は、あまりの美しさに驚いているところに、それが舞妓さんが使用した本物のだらりの帯でできていると知り、夢を見ているのかと思った。天にも昇る思いの私の大切な大切な宝物となった。

     この時が昭和二十六年の新潟でのこと。当時の社会状況を考えると、七五三のお祝いに娘の願いを叶えてあげたい、京都の本物の織物に出会わせてあげたい、という親心から不可能に近い努力で求めてくれた母の愛がしみる今、改めて、この帯が大切な思い出と共に私の宝物となっている。五歳で夢の帯に出逢ったことの意味深さを胸に、今日も和箪笥の風入れをした。

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