• 2014年9月17日

    2014年度 特選受賞作品

      選 『嫌いな帯』

    長瀬梨香 (岐阜県   三十四歳)

     

     ある日、学校から帰ると居間に振袖が広げられていた。成人式まであと十年、私はまだ小学校四年生だった。

     富山から来たという呉服屋の、たぶん相当偉い方であろうおじさんが言う。

    「このお振袖は、お父様のご希望通り・・・私も出会った時は美しさに感動しました。きっとお嬢様にもよくお似合いです。」

     ちょっと待て。私はまだ小学校四年生だ。似合うかどうかは二十歳の私を見ねばわかるまい。だいたい、うちはそんな着物を買えるようなご身分の家柄じゃない。父はただの大工だし、母は家で細々内職をしている専業主婦だ。だが父の気合いの入れようといったらなかった。振袖を探し始めたのは私が小学校三年生の時。富山の呉服屋さんに何度も連れていかれ、何時間にもわたって着せ替え人形にされた。小学生の私に着物の良し悪しが分かるはずもなく、父の言いなりである。ただ…今日我が家にあるこの振袖は、小学生の私から見ても美しかった。父は即決だったらしい。だが、残念なことに呉服屋さんが振袖に合わせて持ってきた帯は、なんだかギラギラしていて私は好きになれなかった。その気持ちは二十歳の成人式で晴れてその振袖と帯を身につけた時も変わらなかった。「私はあんたの着せ替え人形か!」と父を恨みさえした。ギラギラの帯が周りのかわいらしい帯を身につけた同い年の女子たちから浮いている気がしてそわそわした。それから十三年の月日が流れ、少々遅ればせながら私はやっと嫁に行くこととなる。六歳離れた妹もすでに嫁に行った。披露宴の衣装を決めている時、ふと思い出した。あのギラギラの帯。披露宴だったらあのギラギラが映えるかも…それに、もう我が家で振袖を着る人はいなくなる。最後にあの振袖を着るくらいの親孝行はしてもいいんじゃないか…。迎えた披露宴。純白のドレスからお色直しをして登場した私の姿に、招待客はため息をついたという。あまりの着物と帯の美しさに。後日、その写真を見た私は驚いた。あの嫌いだったギラギラの帯が、着物と私にしっくりはまっている。そして何より幸せそう。小学校四年生からずっと嫌いだった帯は、それから二十三年経ってお気に入りになった。お父さん、ありがとう。

2014年9月
« 8月   10月 »
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

アーカイブ