• 2014年9月17日

    2014年度 特選受賞作品

      選 『母の帯』

    戸澤三二子 (愛知県   七十二歳)

     戸澤三二子さま

     

     今年も母の日に、私の箪笥の中から母の帯を出して部屋に広げました。決して上等な帯ではないけれど、私が母に初めてプレゼントした帯です。

     昭和二十三年に入植して「食うや食わず」の開拓農民の暮らし。帯を買い求めるのは、母にはおそらく夢の世界だったと思います。

     あの日は六年生の授業参観日。

     化粧もしていない母は、洗いざらしの袷を古い腰紐で結び、無地のもんぺをはいています。そして、教室の隅で、父兄たちの後ろに隠れるようにして私を見ているのです。

     参観日の度に、その姿が気の毒でした。

     私は高校を卒業すると我が家の暮らしを見るに見かね、名古屋の会社に就職して毎月、父母に仕送りを続けました。

     それでも「母に帯を」の思いはあれ以来、頭の中から離れなかったのです。

     就職して三年目の夏のボーナスで、やっと紺色の無地の帯を買って送りました。帯の名前は判らないけれど、母に似合いそうで手頃な値段を選んだのです。

     あれから半世紀が過ぎました。

     母は八十八歳の生涯を閉じましたが、母の箪笥の中から「あの帯」を見付けたのです。感無量になり、思わず帯を抱きしめました。

     母はどのくらい、使ったのだろうか。帯の折山の縁が少しほつれかけており、心持、色あせたようにも見えたのです。

     それなのに私の心の中では、「母への帯の思い」は少しも色あせてはおりません。

     私は離れて暮らしていたので、母の帯姿を見掛けたことはありませんでした。でも今は、古里に繋がっている大空を仰げば紺色の帯を締めた母の姿が見えるのです。

    今年は母の十三回忌。

    母が大切に使ってくれた帯を、今度は私が使って古里の山形県・開拓村に眠る母の墓前に参りたいと思います。

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