• 2012年7月13日

    2012年度 特選受賞作品 その7
    『帯に恋して』
    中田 由美子さん(山梨県)
    ふと思い出し、そっとアルバムを開いて会いたくなる人がいるように、私には、ときどき箪笥から取り出して眺めて見たくなる帯があります。振袖に合わせ、生まれて初めて自分で選んだ帯です。
    朱色地のその帯は、すっかり派手になってしまい、もうかなりの年月結んではいません。しかし細かい柄や色合いはいつでも思い出すことができますし、他の帯や着物の仕まい場所はあやふやでも、その帯だけは引き出しのどの段のどこに入っているのかまで、はっきり覚えています。
    「ビビビビビー、ときました。」とか「運命を感じました。」とか、有名な言葉があります。恋の瞬間です。この帯との出会いはまさにそんな感覚だったのです。母と店員さんがいろいろな帯を勧めてくれたのですが、その時の私にはその朱色の帯しか目に入りませんでした。私のこの一目惚れによって、帯選び は一瞬にして終わってしまったのです。
    しばらくしてから分かったことですが、母は私とあれこれ迷う楽しい時間も期待していたようでした。
    「わざわざあんな遠くまで出かけていったのに、さあこれから見ようって帯を広げたとたんに決まっちゃって。あっけないったらありゃしない。」
    母は茶飲み友だちに愚痴をこぼしていました。
    この帯を結び、晴々と成人式に出席したのはもちろんのことです。それから、大学の卒業式、結納、友だちの結婚式等、いつもこの帯を結んでいる私がいました。
    先日、嫁ぐ娘にこの帯を譲ろうかと迷いました。でも結局、この帯はもとの場所にもどされました。ちょっとくたびれて皺も目立つようになりましたが、この帯は私にとって、ときどき会いたくなる懐かしい人のような存在なのです。
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