• 2012年7月13日

    2012年度 特選受賞作品 その6
    『母の帯』
    小竹 ゆいさん(兵庫県)
    「納棺の時に着せてさしあげる、お気に入りの洋服か着物をお持ちください」と言われ、母の和箪笥を探した。
    淡い桜の色無地。
    いつも一緒に合わせていた紅紫の帯も、同じたとう紙にくるんであった。母が自分で編んだグレーのニットの上に、桜色の着物をふんわり掛けた。
    葬儀を済ませ、静かになった頃、和箪笥の横に真新しい仏壇がやってきた。
    父が毎日お線香をあげ、短く手を合わせた後、握りこぶしを膝に置き、俯いたまま、いつまでもそこで時間を過ごすようになった。
    夏が来て、秋になり、冬が過ぎる頃、少しずつ母の物を片づけ始めたが、着物用のたとう紙の中で小さく背中をまるめているような紅紫の帯は、また、そのまま箪笥に戻しておいた。
    「違う違う、そっちをもう少しひっぱって、あー行き過ぎた。もう少しだけ。そうそう、それくらいかな」
    姿見に後ろ姿を映し、あーだこーだといいながら、二筋の短冊模様がちょうどいい位置にくるまで、何度もお太鼓を右へ左へひっぱっていた母は、もういない。
    あれから二十年。
    年と共に丸みを帯びてきた私は、いつの間にか鏡のなかに母の面影をみるようになっていた。久しぶりに会う親戚に
    「あんた、お母さんによう似てきたなあ」と言われる事も多くなった。
    せっかくあるのだから、と小紋や訪問着を着始めた私は、しばしば母の和箪笥の着物や帯を身につけるようになったが、あの紅紫の帯は、なんとなく手を出しかねていた。
    桜色の着物と一緒に納棺すればよかったかな、という気がどこかでしているのだ。ほかの着物や帯は、そういえばこれはあの時着ていたな、と思いながら気にせず身につけているのだが、とりわけ母のお気に入りだった短冊柄が入った紅紫の帯は、やはり母のものだという気がしてならない。
    母が亡くなった年齢まで、あと十年。私がいつまで生きているかはわからないが、母の年に追いついたら、あの帯を締めてみよう。そして、母が存分に生ききれなかった六十代を大切に生きてみようと思う。
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