• 2012年7月13日

    2012年度 特選受賞作品 その5
    『きっかけの帯』
    柿崎 恵理さん(神奈川県)
    なぜか息子が小学校の卒業式に着物で来てくれと言ったのが一昨年冬である。嫁入り時に用意してもらった色無地と袋帯を持っているが、自分で着ることが出来なかったし、帯が銀色地で結婚式にはよいけれど学校行事には派手かな、と思ったので、息子に約束はしなかった。
    その半年前に娘の七五三祝着を購入したので、近所の呉服屋さんの敷居は、もはや高くなくなっていた。
    そこで、事情を話して袋帯を見せてもらった。その中に、強烈に惹かれる一本があった。地は光らないけど金糸で雪輪や菱の模様と色とりどりの花模様。唐織だと教わった。
    帰宅してからもその帯が頭を離れなかったが、自分で帯を選んだことがなく、物をしらない身なので、インターネットで“唐織 袋帯”を片っ端から閲覧した。それでも、店頭でみたその帯よりも、私の気持ちを動かすものはひとつもなかった。
    後日お店に色無地を持ち込んで合わせたら、その帯はすばらしくよく合っていた。さらに数日悩んだが、決心した。その帯で式に出る。
    仕立てあがってきた帯は、家で見てもやはり、素敵だった。眺めるだけで嬉しくなるその帯を、この手で締めたい一心で、DVD付の本を買ってきて、卒業式に間に合うよう、連日、子供らが登校した後にテレビの前でリモコン片手に着付けを自習した。
    その帯の刺繍のような織り模様を触るだけで練習は楽しい時間だった。ひな祭りに娘に祝着を着せて、自分は色無地を着て、息子に撮ってもらった。その帯ときたら、写真写りもよいではないか。予行演習は首尾よく終わった。卒業式を晴れやかな気分で迎えた後、着物をもっと知りたくなり、本や雑誌を読み漁った。難しいと思っていた世界が一気に身近になった。
    この一年で紬を仕立てて普段も着物で出かけるようになった。着物の世界への扉を開けてくれたその帯を、締める機会は中学の卒業式まで無いのが寂しいが、大切な、原点の一本だ。
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