• 2011年7月8日

    2011年度 特選受賞作品 その6
    『うすれゆく中で』
    奈良 晶子さん(東京都)
    「あんたもいつか着物を着るようになるけん。いいもんもっとかなきゃいけんよ。」
    祖母はそう言って白地に牛車が織りこんである素敵な帯を渡してくれた。長男の嫁にと用意したものだが、戦争にのまれ伯父が嫁を迎える事はなかった。その祖母が認知症と診断された。毎日色々な事が消えてゆく中、ひ孫の存在を忘れ私も消えた。私は祖母の中で介護のおばさんと化していた。私はあなたの孫よと言っても次に出てくる言葉はあんただれ?祖母は本当に遠くへいってしまった。
    そんなある日、少しでも祖母の刺激になればと思い、もらった帯をしめて古いアルバムを手土産に祖母を訪ねた。一緒にアルバムをめくり昔話に花を咲かせても、孫を思い出すことはなかった。しかし話の途中、私の帯に触れ「いいもんしとんね。」私はすぐさま、この帯はあなたにもらったのよとまくしたてた。祖母はそうかそうかと返事はするものの、反応は鈍く、介護のおばさんから変わることはなかった。だが、帯をながめて再び、これはいいもんだ。そこで私は自分の祖母がどんなに素晴らしく強く立派な女性であるかを語った。思い出を含め尊敬し感謝していること、この帯を大好きな事。祖母はうんうんと聞きうなずきながら言った。
    「大事にせないけんよ。」
    あなたの事なのよと訴えても小さく丸くなった祖母は眠そうだった。涙が止まらなかった。
    その祖母にようやくお迎えがきた。そして半月後、ひ孫である私の娘がその帯で成人式を迎えた。帯とはなんと偉大な衣装であろう。年恰好かまわずくたびれた実年の母親から初々しい娘まで一本の帯で変身する。この一本の帯が私たち親子を結んでいる。いつか孫ができ、この帯を結ぶ時がくるかもしれない。その時はひーひーばばのよと笑っていおう。  おばあちゃんありがとう。
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