• 2011年7月8日

    2011年度 特選受賞作品 その4
    『私(ウチ)モテたいねん』
    田中 美枝子さん(京都市)
    六十五歳になった時、切々に思った事がある。モテる女になりたいと。6年前から母は要介護5の寝たっきり状態。介護にかまけすっかり「女性」を忘れてた。それでも「昔はよかった」「若い頃に戻りたい」と思ったことはなかった。気楽そうな子供時代にだって、それなりの憂いというものはあったし、些細な事柄でも幼い身には深刻で押し潰されそうになった事もある。思春期から二十代にかけての平安は足元から地面が消えてなくなるほどのもあった。もちろんその十倍も百倍も楽しい事や嬉しい事もあったと思う。子育てが終り、仕事も一段落した今、「楽しんでる?」と私に問いかけると素直に「ハイ」と言えない自分がいる。体力も記憶力もどんどん衰え、増えているのは皺と贅肉だけ。
    パラリとめくったアルバム、孫の七五三参り。私は久しぶりに着物を着て かしこまっている。帯は母ゆずりの亀甲袋帯。きっちり二重太鼓をしめている。カッコいい。厚化粧や派手な衣裳で飾りたてても、追いつかないのはわかっている。でも帯をキュッと締め、姿勢を正している私は、凛とした日本女性をかもしだしている。思いきって、着付けを習う事にした。
    「一重太鼓、二重太鼓は正式な結び方、どうでしょう、江戸風の角だしを結んでみましょうか」垂れたお尻を隠し、イキにたおやかにボッテリ横に角を出す。これこそ未来のカッコいいお婆さんの姿。はっきり夢を口に出すなら、まだまだモテたい女性に変身する最後の挑戦、鏡を見て言いきかす。4寸帯を素敵にアレンジ、 町中を颯爽と歩くイキな角だしで、男性を魅了したい。夢は広がる一方。着付けの着物は一着だけど、帯は無限に私を変えてくれる。
    母の介護があるといっても周囲の協力に支えられ、何の不満もない。目指すはカッコいい私になる事。多分それによって物事に対するアタリはさらに柔らかくなり、ソフトフォーカスの優しい景色が見えてくるはず。春、桜満開の下でイキに角だしを結んでいる私。
    「私(うち)、モテたいねん」
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