• 2010年7月9日

    2010年度 特別賞受賞作品
    『最期の帯まつり』
    井上 尚美さん(静岡県)
    日本三奇祭のひとつ「島田の帯まつり」の三年に一度の大祭が今秋私の住む島田市で開催される。この祭りの縁起は元禄時代、既に三百年以上の歴史があり豪華絢爛で贅を尽くした絵巻が繰り広げられる。
    祭りの花形は名前が示す通り「帯」である。と共にその帯を左右の一間近い木太刀に吊り下げて特異な出で立ち、勇壮で且つ優雅な身振りで祭りを盛り上げる二十五人の大奴である。
    島田市観光協会のパンフレットから要約すれば「昔、島田へ嫁入りした花嫁は晴れ着姿で氏子になった報告と安産祈願のため大井神社へお参りするしきたりがあった。
    しかし、しきたりとはいえ嫁いできたばかりの花嫁が見世物同様に町並みを歩くのは気の毒だ、代わりに大井神社の御神輿渡御の警護役の大奴の木太刀に女の命ともいわれる帯を身代わりとして、安産祈願と花嫁の披露を行うようになった。
    娘を島田に嫁がせる親は嫁入り道具の中でも帯には人一倍気 を配り、かくして帯は大祭に華を添えることになった」のである。
    かつて実家が呉服屋だった母はこの祭りで帯を見るのが喜びだった。大祭の日、私を街道に立たせ「あの帯はいいねぇ、あんなのをあんたに締めさせたいねぇ」とか「渋いけど粋なあの丸帯は○○家のものだってょ、さすがだねぇ」とか講釈をたれるのだった。
    その母がその後の大祭の或る年、胃癌に倒れた。それも末期癌で手術も出来ない有様だった。母は自身の体の事実を知っていたと思われるが祭りの最期の日、痩せてしまった体に幾重にも帯を巻き羽織で隠し、父の確保した見物席に座った。
    秋晴れの空に映えて大名行列は厳かにきらびやかに近づいてきた。その中で、ひと際見物客を惹きつける大奴が木太刀に帯をなびかせやって来る。
    母は無言のまま帯を見つめ、見送った。最期に「ああ、いいものを見せてもらった」と呟いた。
    その半年後母は逝った。母にとってそれが最 期の祭りとなった。
    母と私を結ぶ帯まつりが間もなくやって来る。
2010年7月
« 7月   7月 »
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

アーカイブ