• 2010年7月9日

    2010年度 特選受賞作品 その8
    『着物で銀座』
    前田 みのりさん(東京都)
    先日、夫と着物で銀座に芝居見物に出かけた。「着物で銀座」というとおしゃれに聞こえるけれど、初めて自分で着付けたお出掛けだった。テキストと首引きで三時間かかり、終に時間切れで出発してしまった。帯や襟元がゆるゆるだが仕方がない。出先でもあちこち引っ張ったり、押し込んだりと忙しい。 夫に見てもらっても「平気、平気」というばかり。今思えば、聞く相手を間違った。銀座が華やかな分、一層気が気でない。
    「ちょっと」と年配の女性に声をかけられた。「帯が崩れているわね。直してあげるわよ。前を向きなさいよ」
    関西から上京して数年。道ゆく人に声をかけられた覚えがない。関西では知らないお隣さんに、「それどこで買ったん」と聞かれることも多いのに。私は、少しクールな東京の感覚に慣れるのに時間がかかった。
    それに言葉の違い。関西弁はきついと聞いてトーンを下げてしゃべる言葉が、どれほど相手に届いているか心許ない。もう気軽な会話はあきらめていた。その東京で声をかけられた。
    その女性は「本当はね、最初から結び直した方がいいんだけど。まあこれだけ引き上げておけば大丈夫でしょう」と言って、手際よく帯を直してくれた。快晴の日曜の昼下がりだった。おしゃれな店先で、帯を直してもらうなんてちょっと気恥ずかしい経験だった。
    近所の着付け教室でも、最初は話がしづらかった。関西弁を抑えてみたり、逆にあえて関西弁でしゃべってみたり。相手は面食らってか、不思議そうな顔つきをした。でも、共通の話題のある強みか、自然に会話が弾むようになっていった。今は、月二回の着付け教室がとても楽しい。
    私にとって、着物はこちらの世界に溶け込むツールになった。着付けはまだ まだ先が長く、今でも1時間を切ることはできないが。
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