• 2010年7月9日

    2010年度 特選受賞作品 その4
    『逆さの帯』
    喜多田 純子さん(東京都)
    「いいかげん、やらなきゃね」
    母の一言で始まった、祖母の遺品整理。
    雪が深々と降るあの日から、もう二十年近い歳月が経っていた。
    薄くホコリを被ったブリキの箱から出てきたのは、桧皮色の古い帯。仲良く遊ぶ刺繍の小鳥が、なんとも微笑ましい。
    小柄でかわいい祖母のイメージにぴったりだった。
    私はひと目で心奪われいつものようにお太鼓を結ぶ。
    すると、柄が逆さまになってしまった。戸惑う私に「引き抜き帯なの、それ。私もよく分からなくって」と、母。
    調べると引き抜き帯は昔の結び方で柄が合う、ということが分かった。いろいろ参考にしながら挑戦してみるも、どうもきれいに結べない。知己の悉皆屋さんに相談すると「使いやすく仕立て直すのはいかがでしょう?しまっておくよ り愛用された方が、お祖母様も喜ぶのでは」というアドバイスを頂いた。
    諸々お願いし、待つこと約一ヶ月。
    仕立て上がった帯と共に、一通の便箋が届いた。表書きには〈帯の中に〉の走り書き。封を開けてみると、古い油紙に包まれた手紙が一枚入っている。帯を開いた際に発見されたものらしい。手紙を開くと、
    「必ず帰ります。心のみとなろうとも」
    戦時中のものだろうか、ところどころ破れてしまっている。文字は乱れ、お世辞にも美しいとは言いがたい。でもその短い一言に、手紙の主の心すべてが詰まっているように感じた。
    “魂になったとしても、必ずあなたのもとに帰ります”
    祖母は今で言うシングル・マザーだった。
    その人生には、さまざまな葛藤が重くのしかかったことだろう。
    私は晩年の祖母しか知らない。
    優しく微笑む祖母しか知らない。
    あの笑顔の過去には、こんなにも強い思いを、激しい慕情を交わす相手がいたのか。
    祖母は手紙を帯に秘めて想いを貫き、母、そして私へと命を繋いでくれたのだ。
    そう思った瞬間、涙が溢れた。
    母も泣いていた。
    手紙は母の手で、祖母の遺影におさめられた。
    「はい、ラブレター」
    帯の小鳥が、チュンと鳴いたように聞こえた。
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