• 2009年7月10日

    2009年度 特選受賞作品 その6
    『ぴったり』
    長野正美さん(埼玉県)
    「ねぇ。お母さん、着物って持ってる?」
    「なんだい。いきなり。」
    「私、着付け教室通うことにしたんだ。でも私が持ってるのって成人式の振袖だけだからさ。習うなら普通のが必要みたい。」
    日本人に生まれたのに着物が着れないのは、なんだかもったいない気持ちになり、私は四〇歳を過ぎて遅いかもしれないが着物にめざめた。実家の母は、急に訪ねてきてそう言い出した私にとまどいながらタンスの奥をゴソゴソ。
    「あった。あった。」
    母の着物姿は私の七五三以来見たことなかったから、正直着物を持ってるとは予想していなかったのに出るわ出るわ、白や青や桃色の着物が、玉手箱からワンサカ出てきたようだ。
    「帯はこれが使いやすいよ。」
    青紫の地に上品な桃色の花が一輪、キラキラ輝く糸で織りこまれたその帯は私のハートをキュッとつかんだ。
    「あれ、しまった。帯〆がどっかいっちまったよ。あんた成人式の帯〆使えば?」
    「え―っ!朱色のラメ入りの帯〆だよ!そんなのあわせたら帯が泣くよ。」
    そんな会話を隣りの部屋で聞いていた九十一歳になる私の祖母がニコニコしながら私に言った。
    「これ、使って。」
    祖母が手渡してくれたのはさわやかな水色の帯〆だった。大正生まれの祖母が大事にしてきたものだ。
    「わ~~。レトロなかんじ。」
    「そりゃそうさ。戦争をくぐりぬけてきた帯〆だからね。年代ものさ。」
    その帯〆を母からもらった青紫の帯にあわせてみる。
    「おお〜っ!ぴったり。お母さんとおばあちゃん、嫁、姑で仲悪いのに奇遇だね!」
    大きな声で私がそう言うと
    「うるさいねえ。」
    これまた息ぴったりに母と祖母がそう言って照れくさそうに笑った。
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