• 2009年7月10日

    2009年度 特選受賞作品 その2
    『愛で結ぶ帯』
    小西保明さん(秋田県)
    「おとうさーん、おねがーい」
    二階から妻の大きな声がする。
    「わかったー、すぐ行くから」
    用向きは聞かなくてもわかっている。今日もどこかの茶会に出かけるらしい。帯を締めるのに手を貸して欲しいと言うのだ。私は読んでいた新聞から目を離して立ち上がった。
    妻にとって茶道は生活の一部なのだ。茶道に携わっているから還暦を過ぎても生き生きと日々を送っていられるのかもしれない。茶会に出かける朝になると私にも出番が回ってくる。おかげでいつのまにか私も帯に興味を持つようになった。
    帯について語る妻の言葉にはなかなか意味の深いものがある。初めの頃は、
    「左右のバランスをとってね」とか、
    「もう少しきつく」
    等々、姿、形など外見を整えるための注文が多かったのだが、それはどうにか合格点にたっしたのか、近頃では注文も内容も深くなってきた。
    「帯の締め方でその日一日が楽しかったり苦しかったりするのよ」
    と脅(おどか)すようなことを言ったかと思うと、
    「良い帯は鳴くのよ」
    と私には理解に苦しむようなことを話す。
    「泣くって?帯が痛いとでも言うのか」
    「それとはちょっと違うの、キューと締まる時の音や、体に伝わる微妙な感覚で、ああこれは良い帯だなとか。気持ち良く結ばれている、今日の茶会はきっとうまくいくわ、と思ったりするのよ」
    そう言われると帯が着物を結ぶ単なる道具ではなかったことを知る。
    今日も妻の後ろに立ちながら、これも私に出来るささやかな妻への愛かもしれないと思いながら心をこめて帯を引く。
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