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2009年7月

  • 2009年7月10日

    2009年度 大賞受賞作品
    『最後の晴れ姿』
    小澤恵(島根県)
    花嫁仕度を済ませ、両親に晴れ姿を見せようとした時だった。洋装のはずの母が留袖を着て立っている。えっ?しかも私の帯!
    「あらバレちゃった。だってこの帯、楽なんだもの。でも派手かしら?」
    「よく似合ってるよ。締め方で出る柄も色も変わるもんだね。」
    「そうでしょ。よかった。」
    ポンと帯を叩きながら、フフッといたずらっこのように笑う母が眩しかった。
    その帯は私の成人式の時にしつらえたものだ。もう一目惚れ。母と一緒に「せーの」で指を指す。着物に無知な私と着物が大好きな母。二人とも同じ帯を選んだのがおかしかった。松、菊、梅、鶴・・・おめでたい柄がびっしりと敷き詰められ、艶やかな金糸や色糸で刺繍されている。色づかいも華やかさも、今まで見てきた中でとびきりのもの。光の加減で七色に光る美しさはもちろん、柔らかく締めやすいのも魅力だった。成人式から友人・親戚の結婚式、パーティー・・・。いつもこの帯が側にいた。自分の部屋の箪笥に大切にしまっていたのに、母はいつの間に出したのだろう。不思議でならなかった。
    2年間入退院を繰り返していた母は、結婚式に合わせて退院してきた。これが最後の退院となることは暗黙の了解だった。結婚式の主役は花嫁の私ではなく、明らかに母だった。
    「本日はおめでとうございます。あら~お母さまの帯、素敵ですね。」
    「娘が成人式の時に締めた帯なんです。締め方で柄の出方が変わるから、私でも似合うでしょ。」
    さも自分の言葉のように話す母。確かに帯は母ならではの着こなしで、輝きを増していた。
    「洋装だと痩せているのがわかってイヤだから、やっぱり着物にするって。あんたの帯をしめたいと言ってね。」
    後日、伯母が教えてくれた。結婚式から2ヶ月後、母は旅立った。遺影は結婚式の時のもの。あの帯を締め、穏やかに微笑んでいる。いい写真だ。そして私は時折、帯を取り出しては、屈託のない笑顔で、誇らし気に帯を語る母を思い出している。
  • 2009年7月10日

    2009年度 優秀賞受賞作品
    『名手の帯』
    仲村留香(東京都)
    帯を買いに行く時間が無いのだ。
    箏の発表会が刻々と迫り、仕事と合奏の練習に追われ時間が無い。今年はどうしても総絞りの紫の着物に合う帯を締めて舞台に上がりたいと思っていた。
    いよいよ発表会が二週間後と迫った日曜の深夜、何気なくインターネットを覗くと、あるオークションに出品されている袋帯に目が釘付けになった。
    濃い紫の地に黄金の箏が眩いばかりに大きく大胆に描かれている。その箏の周りに鼓と篳篥が金糸銀糸で艶やかに彩られ、調緒の渋い橙色が紫の闇に優雅に舞いあがる。帯そのものが華麗な音色を奏でているかのように映った。
    どうしてもこの帯が欲しい。時計と睨めっこで見えない相手と競いながら予算ぎりぎりいっぱいの数字を打ち込んだ。
    五日後。あの帯が手元に届いた。
    たとう紙をゆっくりと開くと、私は正座したまま一瞬、呼吸を忘れた。目の前に紫や金、銀、橙色が輝き舞いながら姿を現したのだ。
    モニターで見た以上の、それは素晴らしいものだった。手に取るとずっしりと絹の重みが伝わる。こんなにもどっしりとした帯を身につけるなら、箏も相応の弾き方をしなければならないではないか。自らハードルを上げてしまった私はその夜、押し手の左手指が痺れるまで箏を弾いた。
    そうして迎えた発表会当日。暗闇と静けさの中、天鵞絨の緞帳があがった。その時、舞台の最前列に座った私の耳に客席から、ほうと溜息が上がるのが聞こえた。緊張が一気に高まってしまう。ところが、弾き始めると不思議な事にこの帯が自分の拙い音色を守ってくれている気がしてきたのだ。
    その数分間、私は箏の名手になったような気分だった。
  • 2009年7月10日

    2009年度 特選受賞作品 その1
    『帯合わせのひととき』
    浅岡亜紀子さん(茨城県)
    母より10センチ背の高い私は、母の着物がどれも合わない。そんな私のために、祖母は、母の着物から1枚見繕い、私に合うようにと丈を直してくれた。
    クリーム地にピンク、黄、水色の梅の花がふんわり咲いた春らしい袷。私はそれをとても気に入り、お正月はその着物で祖母に会いにいくことにした。
    さて、そうと決めたものの、合わせる帯が決まっていない。
    私は初心者ながら自分で帯を選ぼうと、母が昔付けていたという帯を箪笥から引っ張り出した。
    「着物から一色持ってきて…」と私が選んだのは、発色のよいピンク地に鞠の模様が等間隔に並んだモダンな名古屋帯。早速お太鼓に結んでみたものの、三十過ぎの私にはちょっとピンクがまぶしすぎ…!?
    そう考え込んでいるところへ母がひょっこり顔を出し、畳に並んだ帯を見て懐かしくなったのか、一緒に帯選びを始めた。
    「これ、合わせてみたら?」と母が差し出したのは、朱色地に金糸銀糸で草木の模様が織られた名古屋帯。上品で大人な雰囲気である。
    「この帯が合うの?」と、ピンとこないまま帯を付け替えてみた。
    鏡の前に立った私は、着物は同じなのに先程とはガラリと印象が違うことに驚き、そして、着物のやわらかい雰囲気を帯の朱色が引き締めて、全体が上手くまとまっていることに更に驚いた。
    「ほら、やっぱりいいわ」と満足げな母。
    それからしばらく、ふたりで帯の大試着会。組み合わせごとに変わる印象にハットしてみたり首を傾げたり、まるで着せ替え人形を楽しむかのように帯合せに夢中になっていた。
    私は何だか嬉しくてたまらなかった。嫁いで以来、母と他愛のない時間を過ごしたのも久々だったが、何より親子としてではなく、女性として同じ楽しみを共有できた気がしたからだ。
    娘に生まれて本当によかった。結局、私は母イチオシの帯で祖母の家に出向いた。
    祖母は「あら、間に合って良かったわ」と、自分が直した着物と、懐かしい帯をゆっくりと交互に眺めた。
    祖母の視線の先には、若い頃の母の姿も映っただろうか。
  • 2009年7月10日

    2009年度 特選受賞作品 その2
    『愛で結ぶ帯』
    小西保明さん(秋田県)
    「おとうさーん、おねがーい」
    二階から妻の大きな声がする。
    「わかったー、すぐ行くから」
    用向きは聞かなくてもわかっている。今日もどこかの茶会に出かけるらしい。帯を締めるのに手を貸して欲しいと言うのだ。私は読んでいた新聞から目を離して立ち上がった。
    妻にとって茶道は生活の一部なのだ。茶道に携わっているから還暦を過ぎても生き生きと日々を送っていられるのかもしれない。茶会に出かける朝になると私にも出番が回ってくる。おかげでいつのまにか私も帯に興味を持つようになった。
    帯について語る妻の言葉にはなかなか意味の深いものがある。初めの頃は、
    「左右のバランスをとってね」とか、
    「もう少しきつく」
    等々、姿、形など外見を整えるための注文が多かったのだが、それはどうにか合格点にたっしたのか、近頃では注文も内容も深くなってきた。
    「帯の締め方でその日一日が楽しかったり苦しかったりするのよ」
    と脅(おどか)すようなことを言ったかと思うと、
    「良い帯は鳴くのよ」
    と私には理解に苦しむようなことを話す。
    「泣くって?帯が痛いとでも言うのか」
    「それとはちょっと違うの、キューと締まる時の音や、体に伝わる微妙な感覚で、ああこれは良い帯だなとか。気持ち良く結ばれている、今日の茶会はきっとうまくいくわ、と思ったりするのよ」
    そう言われると帯が着物を結ぶ単なる道具ではなかったことを知る。
    今日も妻の後ろに立ちながら、これも私に出来るささやかな妻への愛かもしれないと思いながら心をこめて帯を引く。
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